福岡地方裁判所 昭和46年(む)837号 決定 1972年7月21日
被告人 中野利秋
決 定
(被告人、申立人氏名、事件名略)
右被告事件について、福岡地方裁判所裁判官が昭和四七年七月一九日になした勾留の裁判に対し、同月一〇日申立人から適法な準抗告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
原裁判を取消す。
理由
一、本件申立の趣旨および理由の要旨は、「被告人は、覚せい剤取締法違反等被疑事件で勾留され、現在頭書被告事件で公訴を提起されているところ、原裁判官は、勾留状記載の覚せい剤取締法違反の被疑事実と起訴状記載の公訴事実との間に公訴事実の同一性がないものとして、新たに頭書被告事件について勾留の裁判をなしたところ、右両事実の間には公訴事実の同一性があるものと言うべく、有効な勾留状が存在するにもかかわらず同一事件について重ねて勾留状を発付した原裁判は執行不能のものであるから、右原裁判の取消を求める。」というにある。
二、そこで検討するのに、関係各記録によれば、被告人は、昭和四七年六月二九日公務執行妨害、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反、覚せい剤取締法違反各被疑事件で勾留され、右勾留期間は同年七月一八日まで延長され、右同日福岡地方裁判所に頭書被告事件で公訴を提起されたところ、同月一九日同裁判所裁判官は、福岡地方検察庁に対し、前記勾留状記載の被疑事実と起訴状記載の公訴事実との間に公訴事実の同一性がない旨判断するとの通知をなすとともに、同日新たに頭書被告事件について、職権で勾留状を発付したこと、前記六月二九日に発付された勾留状記載の覚せい剤取締法違反の被疑事実は、「被疑者は、法定の除外事由がないのに、昭和四七年五月三一日日午後一一時三〇分ごろ、福岡市中央区春吉三丁目二二番七号小田アパート一六号入口において、梯須磨子を通じて、梯貞雄に対し、覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパン一包約〇・六グラムを代金三万円で譲り渡した」というものであり、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに昭和四七年五月三一日ごろ、福岡市中央区春吉三丁目二二番七号小田アパート一六号室において、梯須磨子に対し、塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤粉末約〇・六グラムを代金三万円で譲り渡した」というものであることが明らかである。
三、よつて判断するに、右両事実は、譲受人を異にするけれども、これは直接の譲受人がはたして梯須磨子であるのかあるいは同貞雄であるのかという単なる法的評価の差違に起因するものであつて、一定の日時場所において、被告人が塩酸フエニルメチルアミノプロパン約〇・六グラムを譲渡したという基本的事実関係においては両者は全く同一であつて、右両事実は両立し得ない関係にあるものと言うべく(なお、捜査記録を精査しても、被告人と梯須磨子あるいは同貞雄との間に他に本件日時場所において覚せい剤譲渡行為があつたことは窺われないから、譲渡の目的物である覚せい剤粉末約〇・六グラムも特定されているということができる。)、結局のところ、右両事実の間には、公訴事実の同一性が存するものと解するのが相当である(昭和三四年五月一一日最高裁判所第二小法廷決定、刑事判例集一三巻五号六九九頁参照。)。
四、してみると、原裁判官が頭書被告事件について、昭和四七年七月一九日にした勾留の裁判は、同一事件について前に発付された有効な勾留状により勾留中の被告人を重ねて勾留するものであつて、結局、勾留の理由および必要性を欠く違法なものというべく、これが取消を免がれない。よつて、刑訴法四三二条四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。